Oct 05, 2010

若いの意義とアンチエイジングについて

アンチエイジングを意識する年代が年々速くなっているようですね。美しさへのこだわりが、さらに強くなったと言う。アンチエイジングを有効にすることは悪いことではありません。意識が若返るだけでも進歩と言えるでしょう。街行く女性がきれいにして生命が自然と入ってきてことでしょう。
フォトフェイシャルには副作用がなく安全な治療法と呼ばれます。ただし、複数回の治療を繰り返す必要が効果には個人差があります。また、薄い汚れに効果を発揮するが、濃厚な汚れを除去することは難しく、その場合はレーザー治療が向いている場合もあります。フォトフェイシャルは、他の施術と同じように肌が弱いブンウンジュウイガする必要があります。
 太平洋戦争終戦間際の1945年8月1日にあった長岡空襲の記憶を風化させまいと、「第5回長岡空襲体験画展〜水彩画展」が、長岡市の長岡戦災資料館で開かれている。4月24日まで。
 長岡市の市街地は米軍の爆撃機による無差別爆撃で1480人が犠牲になった。変わりゆく子猫販売とは何か
 空襲体験の絵は、同館が06年から募集を始め、これまで市民から水彩画と油絵計93点が寄贈された。今回はうち水彩画68点を展示している。焼け焦げた死体や柿川に飛び込む人たち、燃える長生橋、火に追われる親子など、痛ましい空襲の様子が描かれている。
 絵を寄贈した太刀川秀雄さん(77)は空襲で父を亡くした。太刀川さんは「空襲の体験を何とか形に残さないといけないと思い描いた。66年前のあの日のことはくっきりと覚えている」と話した。
 引き続き油絵展が5月1日〜6月19日に開かれる。【岡村昌彦】

3月3日朝刊

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 中越地震で大きな被害を受けた小千谷市東山地区で広報誌を編集しているフリーカメラマン、加藤由希絵さん(31)の写真展「村人笑顔図鑑」が、同市立東山小のふれあいルームで開かれている。地震の被災者らを元気づけたいと開催したもので、住民の笑顔があふれる写真展だ。4日まで。【岡村昌彦】
 加藤さんは三重県鈴鹿市出身。国の農村地域活性化事業の一環「田舎で働き隊」のメンバーとして、10年10月に赴任した。ほんとのところチワワのあんなこと
 加藤さんは、フリーカメラマンとして伊勢湾に浮かぶ「神島」で漁村の1年を取材し、海女漁など素朴な生活が伝わる写真を撮り、名古屋市などで個展を開いた経験がある。
 個展の後、「田舎で働き隊」事業を知り、神島での経験が生かせるのではと応募。地震で被害のあった小千谷市を希望し、東山住民センターで働いている。
 「田舎で働き隊」としての任期は3月までのため、加藤さんはこれまでの集大成として、同小の5、6年生8人と手分けして、東山地区の住民384人の笑顔を撮った写真展を開催した。赤ちゃんから老人まで、素朴な表情をとらえている。
 また、今回の写真を冊子にまとめ、東山地区の全戸約150世帯に無償で配布する予定。
 加藤さんは「住民の優しさに支えられ、取材者として成長できた。すごく楽しく充実した半年間だった」と語る。3月末に小千谷市を離れるが、「今後もどこかの地域を盛り上げる仕事をしていきたい」と笑顔を見せた。

3月3日朝刊

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 ◇患者に「生きがい」を
 「認定を受けた人とそうでない人で、症状にどんな違いがあるのか」。1日、阿賀野川流域にある阿賀野市の集会所。畳部屋に新潟医療福祉大の学生53人が車座になり、70〜90代の新潟水俣病被害者6人から話を聞いていた。【短期集中連載】メッセンジャーバッグのポータルサイト
 6人のうち1人は認定患者で、残る5人は認定申請を棄却され2次訴訟(82年提訴、96年和解)の原告となった未認定患者たち。
 「手足の感覚がなく、熱さ冷たさをあまり感じない」「口のしびれを人に言えず、人知れず畑で寝た」−−。長年耐えてきた症状や偏見にさらされた苦しみを訴える言葉に、学生は真剣に耳を傾けた。「症状は百人百様。それを認定する側の都合で線引きし、患者が振り回されてきた」。30年以上患者支援を続けてきた「新潟水俣病安田患者の会」事務局の旗野秀人さん(60)が解説した。
 会の終盤。最高齢の渡辺参治さん(94)が民謡「どんぱん節」を披露した。伸びやかで通りのいい声が響いた。その笑顔を見て、同大3年の斎藤政允さん(20)は「つらい症状を抱えていても明るく、むしろ元気をもらった」。
 2次訴訟が96年に和解して以降、患者を連れた講演会ツアーや渡辺さんの歌のCD化など「楽しい企画」を手がけてきた旗野さん。4次訴訟の和解を前に「和解はひとつの始まりでしかない。【調査】トイプードルに価値はあるか?患者さんが『生きててよかった』と思えるような活動を続けたい」と話し、学生にも協力を求めた。
 「患者はつらいもの」という先入観を抱いていなかったか−−。会場を後にし、保健師など福祉分野を志す学生たちは感想を述べ合った。「水俣病とともに生活しながら生きがいを見つけ、笑顔で過ごしている姿に胸がいっぱいになった」「患者が暮らしやすい環境づくりに私も貢献したい」
   □  □
 <地域の経済や文化に大きな貢献をした昭和電工の鹿瀬(かのせ)工場でしたが、大きな公害を起こしてしまいました。この公害は新潟水俣病といいます>
 NPOなどが中心となり、新潟水俣病を見つめ直す「阿賀野川流域地域フィールドミュージアム(FM)事業」の一環で、10年に作られた紙芝居「阿賀野川物語」。交通の要所や漁場として栄えた歴史、新潟水俣病発生までの「光と影」がつづられている。60部が県内の小学校などに配られ、授業で使われているという。
 物語は川の女神が子どもたちに歴史を語る形式で展開し、最後に本当の豊かさとは何かと問いかける。「紙芝居をみた子ども一人一人に、公害について考えてもらえるような作品にしたかった」。製作に携わった阿賀町の板屋越由希さん(25)は話す。
 新潟水俣病にとりわけ関心があったわけではないが、知人から誘われ、軽い気持ちで紙芝居製作に関わった。その過程で工場跡に足を運んだり、関係者から話を聞くにつれ、身近な問題としてとらえるようになったという。あなたにぴったりの着物帯・をもっと深く知るためのページ
 現在は、新潟水俣病をテーマの中心に据えた紙芝居を製作している。一番読み聞かせたいのは子どもたちといい、「将来、社会に出たときに、同じような問題を起こしてほしくない」と板屋越さん。
 新潟水俣病の公式確認から46年。教訓を次世代に語り継ぐ活動が細々ながら始まった。【岡田英、畠山哲郎】

3月3日朝刊

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